竹内レッスン

竹内レッスン

「竹内レッスン」とは、故・竹内敏晴（たけうち・としはる）氏によって行われていた「からだ」と「ことば」の演劇的ワークショップ。元々は演出家である竹内氏が演技訓練の試みとして始めたものだったが、しだいに演技者の養成や劇上演を目的とはせず、参加者一人一人の人間的可能性を劈（ひら）くことに重きをおく場として開かれるようになっていった。レッスン、という言葉を仮に選び、用いたのは竹内氏だが、「竹内レッスン」という名称自体は竹内氏が命名したわけではなく、竹内氏がさまざまな場で行ったレッスンの総称・俗称である。

竹内氏は精神（心）が肉体（体）を操作するといった身心二元論を批判し、　─　「こころとからだは私にとって一つのものであり、からだが反応し、からだが行動し、からだが考え、からだが語るとしか言いようがない。」　（竹内敏晴著『ことばが劈かれるとき』思想の科学社／ちくま文庫）　─　と述べ、ことばに関しても、─　「こえ、叫び、ことばなどというものは、からだの起こすアクションの一部にすぎない。」　（同上書より）　─　と、独自の定義、とらえかたをしており、その現れとしてか、多くの場合「体と言葉」という漢字を用いず「からだ」、「ことば」と、ひらがなで表記した。現在、「からだ」や「ことば」といったひらがな表記が付されているワークショップや出版物は、竹内レッスンの流れを汲むもの、またはその影響を受けているものが多い。

参考文献   竹内敏晴著『ことばが劈かれるとき』思想の科学社 / ちくま文庫

《変遷》

竹内氏が１９７２年（昭和４７年）、東京・中野坂上に開設した「竹内演劇教室」がその始まり。翌年、名称変更され、「竹内演劇研究所」となる。「竹内演劇研究所」は、野口体操の創始者である野口三千三氏、その弟子で後に独立してイケダ自然体操を創始する池田潤子氏、声楽家の増位禎紀氏、舞踊家の西田堯氏などの協力を得て『演技レッスンの形によってしか劈かれない人間の可能性を劈く』という趣旨のもと、１９８６年まで続けられる。

この場では、ほかに主宰していた演劇集団での活動や、各種大学、研究所の講師などを務め多忙な竹内氏に代わり、何人かの講師や助手がその指導に当たることが多く、竹内氏は半年または一年間のカリキュラムの節目ごとに来て監修する、というような形がとられていた。また、カリキュラムの終わりには、まとめとして、参加者で劇上演を行っていた。

「竹内演劇研究所」解散後、竹内氏が同じ東京・中野坂上で新たに開いたレッスンの場では、竹内氏のほかには事務局を務める者がいるだけで、講師、助手、協力者はおらず、レッスン自体はすべて竹内氏が一人で行っていた。「竹内演劇研究所」のようなカリキュラムはなく、一カ月に一回開かれるレッスン（土曜・日曜の二日間）は毎回参加・不参加自由。レッスン内容も竹内氏に多少の準備や計画はあったが、その時に集まった人たちのからだを見て、自由に変更されながら進められるものだった。それはその後の「竹内レッスン」の基本的な形となり、東京のみならず、名古屋や大阪などでも定期的に同様のレッスンが行われるようになっていった。

通常のレッスンが積み重なった後、夏や年末時期等にはテーマを持った集中レッスンや合宿レッスンを行うことが通例となっていった。また、当初はまとめとしての劇上演などはしなかったが、しだいに「オープンレッスン」という名称を掲げ、レッスン参加者の内の希望する人たちが、劇や朗読などさまざまなものを組み合わせた形で、一年に一度、公開の舞台に立つ試みが行われるようになった。

これとは別に、竹内氏は学校・大学・研究所・学会・教養講座などで講師や教授として招かれ、授業や講義、講座の一環としてレッスンを行なっていた。継続したもの、そうでない（一回限り）ものがあり、また、その内容・構成は多岐にわたり、レッスン参加者も、生徒、教師・教諭、学者、一般の生活者など、さまざまだった。

参考文献　藤原書店　『竹内敏晴の「からだと思想」全４巻』

《基本的な内容》

「歩く」「並ぶ」「触れる」

　レッスン参加者に自由に歩かせる。すると、みんな左回りになったり、並んで、と言われると学校の朝礼よろしく列をつくったりすることがある（これらはあくまでも一例）。そうした慣習にとらわれたからだにまず気づき、生活の中で埋もれて見えなくなってしまっている感じるからだを掘り起こし、自由に動く、感じるままに動く、自分を感じる、人を感じる、ということを探って行く。

「触れる」というレッスンは、「触れられる」というレッスンでもある。手のひらで一人が一人の肩にふれてみる。すると、触れられた方はどんな感じがするか。いい感じ、いやな感じ、ホッとする。温かい。落ち着かない。さまざまに人のからだをじかに感じる、ということから始まって、触れている人の手のひらや指先がどのようになっているか、それによって、触れられている人はどう感じるのか。良し悪しの判定をして正解を見つけるためにではなく、自分の他者への触れ方、つまり向かい方に気づき、かつ、人と向き合う、向かいあうとはどういうことか、などにも気づいて行く。

「緊張と身構えをほどく」

野口三千三氏の野口体操の中にある「脱力」を基本としている。後に「からだほぐし」、「ゆらし」などと名称が変わっていった（　竹内敏晴著　『生きることのレッスン …内発するからだ、目覚めるいのち… 』トランスビュー参照）。

二人一組になり、一人が床に仰向けになり、もう一人が寝ている人のからだに触れていく。寝ている人の緊張と身がまえに気づいていくレッスンと、からだをゆらしてそれをほどいて行くレッスンが含まれる。「歩く」「並ぶ」「触れる」レッスンと同じく、他者や世界への自分の身構え、向かい方、ふれ方に気づき、それをほどくことによって自らのからだを新たに感じ直すと同時に、他者や世界がどう変わって感じられるかを探る。細かい手順などは　竹内敏晴著　『「からだ」と「ことば」のレッスン』講談社現代新書参照。

「話しかけ」

何人かが背を向けてバラバラに座る。その背中に向かって、少し離れたところから一人が立ったまま話しかける。話しかけることばは自分で選ぶ。あまり長々としたことばではなく、一言、二言で。他の人たちはこれを両側ではさむ形で見守る。話しかけた後、背中を向けて座っていた人たちに、「わたしに話しかけたと思う人？」と訊ねる。「わたしに話しかけたと思う」という人がいれば、それをどう感じたかを問う。いなければ、誰に話しかけたと思うか、それぞれがあの人、この人、と指摘する。周りで見ていた人にも訊ねる。最後に話しかけた人に訊ねる。

うまく話しかけることが目的ではない。声が相手に向かって届いているか、それは“話しかける”という声、ことばとして相手に受け取られるものなのか、などを感じたり、聴きわけたりして、人が人に声を届ける、話しかけるとはどういうことか、皆で探って行く。日常生活の中では、声やことばをおたがいのからだで直に感じたり受け取ったりすることが捨て去られ、意味だけを聞き分け会話していることに気づくことにもなる。

二人一組になって、おたがい立ったままで、一人が背を向けて、もう一人が後ろから話しかける、といった方法でも試みることができる。後に「呼びかけ」のレッスンと、名称が変わった（『生きることのレッスン …内発するからだ、目覚めるいのち… 』トランスビュー参照）。

「声とことば」

歌（主に童謡や唱歌）を歌うことや、詩や童話、小説、戯曲の台詞などを声に出して読む、からだを動かしながら読むことを通して、一人一人の声とことばを吟味してゆく。一人一人のからだがさまざまな歪み、こわばりを持ち、喉や胸などが無意識に締めつけられ、声が真っ直ぐに出ていないことに気づき、それを劈（ひら）くことを試みる。また、日常では一つの意味に限定されがちな〝ことば〟の持つ多義性、イメージの拡がりにふれ、意味や感情を内的に感じとるのではなく、声によって、他者と共有する空間に存在しないものを創り出すことが「表現するという行為」であることに気づき、その力を養う。（『日本語のレッスン』講談社現代新書参照）

「出会い」

まず希望者二人が、レッスンの場の部屋の対角線上の隅と隅に壁に向かって立つ。「見ている人たちは二人の集中を見守り、場を支える。（「からだ」と「ことば」のレッスン）」。進行役が二人の集中を見極め、始めの合図を出すが、すぐに動き出す必要はなく、立っている人が自分でいい、と思うときに振り向いて、相手を見る。そして相手のいる隅に向かって歩き出す。途中で出会うかすれ違うことになるが、そのとき、自分の感じたまま、からだの動くままに振る舞う。もうこれでいい、と満足する、または見切りをつけたら、相手のいた隅へ行って座ると、それがその人にとっての終わりの合図となる。そこまで至る前に、進行役が二人の関係を見ていて、これ以上新しく発展しないな、と感じたら、終わりにすることもある。相手と必ず関わらなければならない、といったことはない。

終わった二人は、しばらく目をつむり、体験したことを思い出し、それを初めから終わりまで話す。次に見ていた人にも、どのように見えたか、感じたかを問う。どちらもそこに起こったことを、意見や判断、解釈ではなく、自分に見えたまま、感じたままを述べる。場に立っていた二人の振る舞いが、お互いにとってはまったく違う感覚や想いからである場合もあるし、見ている人に見えたものと、本人たちの述べたことが食い違うことも多くあるが、それはひとりひとりの人がそれぞれの居場所で言っていることなので、とくに肯定も否定もされない。

「ただ、人と人とがまっすぐに向かいあうこと、を眼目とする。ひとりひとりが鮮やかに自分であること、を生ききってみることであり、その場に、向かいあうものとしての、「他者」を発見すること、である。」

─ 「からだ」と「ことば」のレッスン

「砂浜」「砂浜の出会い」

「レッスンの場にチョークでもテープでもよいが、一辺三～五メートルほどの正方形を描いて「結界」を作る。その中を一応「砂浜」と見立てる。立ち会う人々は正面の一辺の前のみに座る。（「からだ」と「ことば」のレッスン）」

線の外で一人が集中し、自分がよいと思ったら、線の中（砂浜）に入る。皆が見ている側以外はどこから入ってもよい。後はその人が、自らの無意識の世界のイメージの拡がりの中で生きる。砂浜は正方形の中に限定されたものではなく、イメージによっていくらでも遥かに拡がるし、また、すぐに砂浜ではなく、石だったり、土だったり、何にでも変わり得る。海の波が打ち寄せている場合もあれば、砂漠のようなところへ出たり、突然、足元に穴が空いたり、物や生き物が出てきたり、その人の集中の深さによって、どのようにも変化する。そのような深い集中を持てず、足元もふつうの床としか感じられずにただ終わる場合もある。「出会い」のレッスンもそうだが、場に出る人も、見ている人も、進行役の人も、それぞれ深い集中をもって臨むことが求められるレッスンなので、簡単にできるものではない。

「その人（最初に場に立った人）のありさまを見ていて、それにかかわりたい、あるいはかかわらざるを得ぬ、と思った人が（次に）その世界に踏み込んでゆくことが起これば「砂浜の出会い」のレッスンに発展する（「からだ」と「ことば」のレッスン） ─ （最初に場に立った人）（次に）は、引用者補足」。どちらの場合も進行役が新しい発展がないと見極めたら、終わりにする。あとは「出会い」のレッスンの時と同じように、場に立った人、見ていた人で話す。無意識の自分のイメージの中で生きることによって、自分に出会う、他者に出会うレッスン。

「その他」

集中レッスンや、合宿レッスンなどで行われたものに「仮面」のレッスン、「クラウン」のレッスンなどがある。また、ほかにブラインド・ウォーク、サイコ・ドラマ、エチュード（即興劇）など、さまざまなレッスンの形があり、時と場合に応じて行われていた。上記に挙げ、おおまかな内容を述べたものは基本的なレッスンの形ではあるが、すべての項目がいつも必ず行われていたのではない。

参考文献    竹内敏晴著　『「からだ」と「ことば」のレッスン』講談社現代新書

《方向性》

・　さまざまなレッスンを経験することで、ふだんは意識されない、日常の生活ではなかなか気づくことのできない自分のからだを感じ直し、どのように人や世界と向き合っているか、に気づく。

・慣習や固定した身構えに囚われたからだに気づき、それを越えて行く。

・　意識により操作される「手を出す」からだから、無意識に動き始める「手が出る」からだに気づき、取りもどす。

・　根源的なからだを通して、人間として立つ、人間として人と向き合う、ふれあう、出会うとはどういうことかを探って行く。

・「考える」より「感じる」こと、「意識」より「無意識」をはたらかせること、「意志」を持つことより「からだ」の声に耳を傾けることに重きを置き、成果や技術を得ようとする（そのような「教え」はない）のではなく、参加者ひとりひとりがレッスンの場で人間としての自分を試し、自分に問いかけ、それぞれの出発点とする。

参考文献    竹内敏晴著　『子どものからだとことば』晶文社

《〝レッスン〟という名称》

冒頭の説明文でレッスンについて「竹内氏が行なっていた演劇的ワークショップ」という書き方をしたが、《方向性》の項で記した通り、レッスンは何らかの成果や技術を得たり、与えたり、教えたりするものではないので、いわゆるふつうの意味でのワークショップとは異なる独自のものである。

《参考図書》

竹内敏晴著　『ことばが劈かれるとき』思想の科学社 1975年（昭和50年） / ちくま文庫 1988年（昭和63年）

竹内敏晴著　『子どものからだとことば』晶文社 1983年（昭和58年）

竹内敏晴著　『「からだ」と「ことば」のレッスン』講談社現代新書 1990年（平成2年）

竹内敏晴著　『日本語のレッスン』講談社現代新書 1998年（平成10年）

竹内敏晴著　『声が生まれる聞く力・話す力』中公新書 2007年（平成19年）

竹内敏晴著　『生きることのレッスン …内発するからだ、目覚めるいのち… 』トランスビュー 2007年（平成19年）